
Photo(C)UNHCR E.Wolfcarius
かつて、女子マラソンで日本中を感動の渦に巻き込んだ有森裕子さん。現在はレースの一線からは退いたものの、彼女は、まだ走り続けている――。今度の舞台は国際協力の場。前日に国連人口基金親善大使としての訪問を終え、アフリカから帰国されたばかりという有森さんに、貴重なインタビューのお時間をいただきました。
世界を走り続ける理由
昨夜、タンザニア共和国のダルエスサラームから戻ってきました。これまでも何度か訪れているのですが、やはりアフリカは遠いですね(笑)。
タンザニアでは、国連難民高等弁務官事務所と共同で、ブルンジ共和国の難民を支援する駅伝を行いました。(註:Ekiden for Peace http://animo.aspota.jp/2010/02/post_112.html)。ブルンジはアフリカの中部に位置する小さな国で、1962年に国家として独立したのですが、それ以後も民族間の争いが絶えず、内戦に至ることもありました。駅伝を行ったウルヤンクルの難民居住区に最初のブルンジ難民が移住してからすでに38年ほど経過し、現在は3世代が暮らしています。難民居住区といっても1980年代には既に自立して外部からの支援を一切受けていません。居住区には学校も公共施設もありますが、タンザニア政府は、ブルンジ難民たちを難民としてではなく、タンザニア国籍を与えてタンザニア国民として受け入れようとしているんですね。ここにはタンザニア国籍を得ようという人、一方ブルンジに帰還しようとする人々がいますが、彼らの意思を尊重して、これからの生活を支援しようというのが、この駅伝の目的でした。今回の駅伝が何をもたらすかという事はまだ未知数ですが、特に若い世代には随分インパクトを残すものになったという印象はありました。
走ること、助けあうこと
有森さんが今のような活動を行うようになるには、「走る」ということ、そして自身の育ってきた経験が根幹にあるようだ。外から見ると、何かポリシーのようなものに突き動かされて活動をしている様な印象を受けるが、実際にはどのような考えをお持ちなのだろうか。
私自身は幼少の頃から、あまり物事を器用に出来る方ではなかったので、何か自分に出来るものが持てたら、それを最大限に活かして、全力で生きることが出来る場に出ていきたいという気持ちを夢として持っていました。最初は自分にとっての『走る』ことを突き詰めるだけでした。そうやって競技に出て実績を作ってきたわけです。人生を一本の木に例えるなら、オリンピックという実績はその幹となってくれたのだと思います。そこからたくさんの枝が生えてきました。その枝のうちの一本が、現在の活動です。たまたま自分にできることを一所懸命やってきた、その結果が今やっている国際協力活動につながっているんだと思いますね。
毎日の生活の中で『助けあい』というのも普通のことで、そういったことは日常的な近所付き合いでも同様でした。当たり前のことができない人がいるのであれば、それを助けてあげれば良い。そしてその中から一緒に育っていけば良い。こういう感覚が、大切なこととして、家庭の中にも、近所づきあいにも、学校にも当たり前にあったと思います。だから私は特別なことをやってる気はしないんですよ。でも今は多分、世間ではそんな感覚がなくなっているので、国際貢献やボランティアなどが特別視されてしまう。私にとっては自然なことをやっているだけですけどね。
ボルダーに住んで
現在、有森さんの自宅は米国コロラド州ボルダーにある。ボルダーといえば最近では長距離ランナーの高地合宿の場としても有名だ。世界中から多くのランナーがトレーニングに訪れるが、一方でボルダーはロハス(LOHAS)発祥の地としても知られている。
ボルダーはLOHAS(Lifestyles of Health and Sustainability)の発祥の地のようにいわれますが、現地の人はLOHASなんて言葉知りませんよ(笑)。それが当たり前ですから。生活の流れの中に、わざわざ作っているものが無いんです。運動も、遊ぶことも、自然と触れ合うことも。「自然」と「日常」のコンビネーションが当たり前のように成り立っているといえば良いでしょうか。東京のように無理して「LOHAS」というライフスタイルを実践しているわけではないんですね。日曜日の朝起きて、ジョギングして、教会にいってブランチをして、ちょっとハイキングに行って... 夜は映画にいったり。犬の散歩で山に入っていくのも普通です。そういったものがとても身近にあります。自然食品やオーガニックのスーパーなんかもね。9万人ちょっとの中都市ですが、アメリカの中でもかなり特殊な場所です。あの生活を東京のような都会に持ち込むのは難しいと思います。
他にもサンダルで有名なクロックスの本社があったり、睡眠にまつわる事では有名な「Sleepytime Tea」発祥の地でもあります。就寝前に飲むハーブティーのブランドですね。もちろん、ボルダーに住むきっかけはトレーニングでしたが、豊かな自然やナチュラルなライフスタイルに惹かれた部分も大きいですね。
時差ボケってどうしてます?
米国に自宅があり、日本を拠点にしつつ、アジアやアフリカへと飛び回っている有森さん。気になるのはカラダと時間の関係だ。アスリートといえど、これだけのハードな移動が体調に影響することはないのだろうか。特に気になるのが「時差ボケ」である。
最近は慣れてしまったので、特に問題を感じることはないのですが、それでも眠くなったり、頭がぼーっとする時は、現地で走るようにしています。そうすることで体を起こして日常に戻すわけです。ただ、現役の頃に比べると、最近はそれもあまりしてないかな(笑)。機内で寝られないなら、寝ない。着いてから寝るようにしています。
マラソンという競技は自分の裁量で決められることが少ない競技です。決められたコース、決められたスタート時間に合わせて走らなければいけません。ただ、かえってそういう経験が、「こうでなくてはいけない!」という固定観念を持たない姿勢につながっているような気がします。重要なのは、どんな環境でも走ることができる適応能力を持った体をつくること。私の場合、世界を飛び回っているという点においては、レースをやっていた時代も国際協力を行っている現在も一緒。もしかしたら、選手時代に自然に時差ボケに対応できるような体にしていたことが、今でも役に立っているのかもしれませんね(笑)。
有森 裕子(ありもり・ゆうこ)
元マラソンランナー。バルセロナ五輪女子マラソンで銀メダル、アトランタ五輪で銅メダルを獲得。NPOハート・オブ・ゴールド代表理事、国際陸上競技連盟女性委員会委員、国連人口基金親善大使、スペシャルオリンピックス日本理事長などを歴任。現在も日々走ることで、世界の人々に夢と希望を与える活動を行っている。



